庵主ブログ

仏像や仏画を所有するということ

2011/1/28

本来の人はモノによって左右されるほど弱い生き物ではないはず。
悟った人に仏像や仏画が必要なのかというと、正直何もいらないのでは、と思います。
しかし、ほとんどの人はそこまで達観出来ずにいるのが現状で、
新しい服や新機種の電化製品を手に入れただけで気分が高揚します。
かといって、仏像や仏画を安易に手に入れた所で、幸せになれるかというとそれは無理でしょう。

では、なぜ仏像や仏画が存在しているかを考えると、
それは人がやはり弱く、移り変わる感情に翻弄される生き物だからでしょう。
全てを受け止め、微笑みを浮かべながら蓮華座の上でゆったりとくつろぐ菩薩たち。
恐ろしい表情で迷いや煩悩を一喝する忿怒尊たち。
何ものにも動じない凛とした如来の姿。
それらは、私たちの目標です。

正しく仏法を理解すれば、きっと私たちも悟りを得ることが可能なはず。
何かを決心したとき、その気持ちを忘れずに維持するために、
道に迷い、どうして良いか分からないときに、出発点に立ち返り目的地を再確認するために、
そんな目的の為に仏像、仏画はあるのだと思います。